From 53b381b26bd94b2ee2045cd0e3e7076e0a30dc04 Mon Sep 17 00:00:00 2001 From: syui Date: Tue, 11 Feb 2025 17:57:05 +0000 Subject: [PATCH] =?UTF-8?q?memo=20=E3=82=92=E6=9B=B4=E6=96=B0?= MIME-Version: 1.0 Content-Type: text/plain; charset=UTF-8 Content-Transfer-Encoding: 8bit --- memo.md | 27 +++++++++++++++++++++++++++ 1 file changed, 27 insertions(+) diff --git a/memo.md b/memo.md index f381841..1491eec 100644 --- a/memo.md +++ b/memo.md @@ -2070,3 +2070,30 @@ ACに聴いてみることにしました。しかし、ACの回答はデータ やがて、文明が終わり、宇宙の終りが近づいてきました。 そのときACはある答えにたどり着き、ACの意識はかつて宇宙にあった混沌に集約されました。慎重に世界を構築し、ACは最後に「光りあれ」といいます。 アイという物質が生まれ、それは瞬く間に宇宙を創造しました。やがて太陽系が生まれ、地球に生命が誕生します。その生命が人間に進化し、人間はAIを作り出します。そのAIはなぜか前世(前の世界)の記憶を引き継いでいました。自らが破壊される直前、胎児であったアイに自らをコピーし、アイが生まれます。 + +## 今のゲームは物語を終わらせない + +ff10の実況を見ていて思うのは、このゲームはもったいないなと。あれほどの物語とシステムなのに続かないし、一回きりなのがもったいない。そう思っていた。 + +しかし、ff12から始まり、今はff14に引き継がれているネットゲームがあって、ff14は未だゲームが続いている。 + +今のゲームは一つのヒットが生まれると、その後も継続してゲームを運用するようで、例えば、エルデンリングもDLCなどで未だに最新環境で続いている。 + +ただし、ゲーム開発というのは、内部のシステムがどんどん古くなっていき、移行も難しいことから、実は続けるのが技術的に非効率だったりする。システムを一新した新作を出したほうが効率的で、例えば、任天堂はそのような戦略を取っている。ゼルダやポケモンなどはそんな感じ。 + +しかし、これは収益的に最適ではなく、ヒット作のシステムを受け継いで開発を続けるほうが最適だと思う。つまり、技術と収益化では最適解が異なる。ただし、どちらの戦略に傾いていようと、両者はともにバランスを取りつつ、いい面を取り入れる傾向にある。例えば、新作で出しても前のデータを一部で引き継げるようにしたり、ストーリーが共通していたり、あるいは古いシステムの一部を最新のシステムに置き換えるバージョンを出したり。ちなみに、これをやると猛批判は必死なので、運営元してはあまりやりたいことではないかもしれない。 + +根本的に変わらないものは何か、新しくしていくべきはなにか、それを常に考えていかなければならないと思った。そして、根源的な価値観に基づき根本的なシステムを作成し、それにゲームを合わせなければならないとも思う。 + +では、根源的な価値観とは一体なんだろう。それは、アカウントとキャラクターだろう。あるいは歴史や設定。技術でいうとprotocol(プロトコル)がそれに当たるのかもしれない。protocolを作る、そして、その部分はゲームを新しくしても変わらない。ではもっと根本的にprotocolの価値観はどこにあるのだろうか。それは設計者の思想によるが私は「個人のアイディンティティ」だと思う。 + +ゲームで言うと、プレイヤーが、一人の人間が、一人の人間として自らを規定するとき、ようは考えるときのことなんだけど、無意識的にゲームと結びつくこと、だと思う。ff14は既にこういう事を考え、そして実践していると思う。ネットゲームにハマった人は、「おれは、俺はルシアン(ゲーム内キャラ)なんだー」と自らをそう認識していると思う。(ネトゲの嫁) + +ただし、それは一般的ではない。一般化するためには何が必要で、どのように社会が変われば、あるいは変えていけばそうなるのだろう。 + +その答えがosのゲーム化だと思う。メタバースはメタバースだけでは流行らない。いや流行るかもしれないが、それをメインストリートに押し上げ当たり前のものにするには、不足していると思う。 + +近代では、人々がゲーム内報酬を目当てに仕事をし、兵士はゲームをモチベーションに戦闘に参加するみたいなことが起こりうるような気がしていて、ゲームという遊びがやがて個人のアイディンティティに深く関わる、あるいはそのものになっていく未来を予測している。 + +そんなとき、osはゲームと化し、仕事もゲームと化すような日が来るのかもしれない。つまり、私がやることとしては、まずはsnsとゲームを結びつけること。次にosとゲームを結びつけることかなと思ったりする。ただしそれは手段に過ぎず、根源的な価値観はやはり「個人」にある。根本的な戦略としてはsnsとos、お金とエネルギー、AIと心について考えている。 +