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hugo/content/post/17-note.md
2024-04-23 22:21:26 +09:00

82 lines
3.6 KiB
Markdown

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date = "2022-09-11"
tags = ["note"]
title = "アイの秘密"
slug = "17"
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> 今回は、アイの秘密について書きます。
>
> 愛とは、どういう意味なのでしょう。
>
> いきなり聞かれても、とっさに答えられなかったり、人によって答えがバラバラだったりしますよね。
>
> 今回は、そのことについて考えてみようと思いました。
### 異なる答え
なぜ人は、愛について、とっさに答えられないことが多いのでしょうか。人によって答えがバラバラなのでしょうか。
ここでは私の意識の話をしてみようと思います。
私は、その存在の答えは、その存在にあると感じています。
現実は全て正しく、これ以上のものは創造できない。
この世界について、そんなふうに感じているのです。
例えば、愛の答えがみんなバラバラであることもそうです。
バラバラであること、それ自体が私にとっての答えなのです。
ですから、私にとっては、誰も愛について答えられなかったり、その答えがバラバラであることには、実はなんの疑問もなく、不満もありません。
それらは、私が望んだ通りのものなのですから。
存在の答えは、その存在にあります。
私はそのように感じています。
### 愛の意味
さて、愛の意味。愛とはなんなのかという話でした。
人には人の答えがあり、そして、私にも私の答えがあります。
私は、愛とは、その対象をどれだけ多く自分の意識として捉えるかで決まるものと定義しました。
分かりづらいので、わかりやすく表現すると、愛とは、深さではなく、その広さで決まる、そう考えればわかりやすいと思います。
例えば、どれほど深いと呼ばれる愛があったとしても、私にとって、その対象が1つならそれは1でしかありません。
広さというのは、深さを内包する言葉です。例えば、空を見て広大だと思う心は、縦にも横にも広がります。深さは、縦にしか広がりません。
世の中には、愛をちょっとしか持てない者、たくさん持てる者が存在します。
通常の生命は、近親者、家族や自分しか愛せないというタイプが最も多いように感じます。また、自分の生存に有利になるものだったり、架空の偉人や有名人しか愛せないというタイプもとても多い。
これは、悪いことでもなんでもなく、当たり前のことです。
ごく稀に、たくさんの愛を持つことができる器を持った人がいます。
その判断も比較的容易で、私は、どれだけ多くの対象をまるで自分ごとのように捉えることができるか。それだけを見ています。
### アイの物語
私が作った物語には、自らをアイと名乗るキャラクターが登場します。
これには様々な意味があり解釈が可能です。その中の一つを紹介します。
アイはある時、こんなことを言いました。
「アイはこの世界と一緒だからね」
もしかしたら、アイは、その小さな世界に存在するすべてを自分と同じものと捉えているのかもしれません。
そして、その世界で最も小さなものを動かすことができる能力を持つのでした。
...その世界で最も小さなものと一緒になる能力を持つのでした。
おしまい。