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hugo/content/blog/2017-07-21-private.md
2024-04-23 22:21:26 +09:00

40 lines
3.0 KiB
Markdown

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date = "2017-07-21"
tags = ["private"]
title = "夏の過ごし方4"
slug = "private"
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体温をある程度コントロールする話でした。いや、実際にできるのか知らんけど、まあ厨二病的なファンタジーだとでも思って聞いてくださいな。
体温のコントロールは、涼しくしようと思えばできるし、暖かくしようと思えばできるということです。もちろん、限度はありますし、その限度は思った以上に低いのかもしれませんが、私の感覚で言うと、日本の夏とか冬レベルにおいては、そこそこ快適に過ごすことができる限度ではないだろうかと考えています。しかし、あまり期待しすぎるほどのものでもないと思いますが...。
さて、今回は、このコントロールにおける習得の感覚の話になります。
初めて歩いた時、どうでした?どんな感覚だったかという意味ですが、どんな感覚でした?
覚えてないですか。私もあまり覚えてないです。周りの人は大騒ぎしたのかもしれませんけど、自分ではあまり驚きはなかったのではないでしょうか。あくまで推測ですが。
じゃあ、具体的にどんな感覚でした?今までできなかったことができたというのは、どんな感覚でした?
曖昧ですか、それともはっきりとしていますか。「やった、歩けたぞー!」って感じですか、違いますか。
難しいですね。
では、手を上げろと言われて、手を上げた時、どんな感覚ですか。意識はしていますか。それとも反射的ですか。強く意識しましたか。弱いですか。どうでしょう。
難しいですよね。
では、手を上げたことはわかりますか?
それはわかりますよね。見えますからね。
体温コントロールについてもそうですが、それができれば明確にわかります。できたことが明確にわかるということですが、これくらい涼しくしようとして、涼しくなったら、その時点で明確に、「私はコントロールした」というのがわかります。ただ、「私はコントロールしている」という感覚は正直無いに等しいものかもしれませんが。
これができるようになるのは、多分ですが、何度か訓練しなければなりません。その時点では多分「私はコントロールできてない」というのが何度もあります。そして、訓練中にできたことがあったとしてもそれはよくわからないものかもしれません。「できたのか、できてないのか、よーわからん」という感じでしょうか。
しかし、できるようになった時点でコントロールしたことは明確に分かります。わかるようになるというのが正確かもしれませんが、そんな感じです。
長くなりましたので、次回に続きます。